犬は私達のそばにいてくれる

過去に私達の先祖は何度も感染症の猛威にさらされて(例:ペスト、スペイン風邪、鳥インフルエンザなど)そして戦ってきた。今回も、私達に何が起ころうとも、犬はいつも私達人間のそばで一緒に戦ってくれるはずだ。

新コロナによる不自由さの先に

前代未聞の事態だ。皆が不自由さを感じている。しかし、今私達が頭の隅に置いておくべきことは、人間が享受している便利さや安全は不自由さの中から生まれたということではないだろうか。

コロナに負けないために

こんなコロナ騒ぎな時こそ大切な事がある。ある人曰く、「自分がコントロールできないことを心配しても意味がない。自分に出来ることを考えて猛烈に行動するだけだ」ウィルスに負けない体を作るには、睡眠、運動、食事、家族(犬)とのふれあい。こんな時だからこそ大切な事は何かを問う。そして、猛烈に行動する。当たり前すぎて笑われるかもしれないけど、いつ来るか分からないもっと最悪な事態に備えるためにはコレだと思う。

犬と私。残された時間の使い方。

時間が流れるスピードは犬も私達も同じ。同じスピードで流れる時間をどの様に使うかは個々それぞれ。人って不思議で「時間に限りがあると分かって初めて時間を大切に使おうとする」犬は自分に残された時間がどれぐらいかなんて考えるのか?私達はどうだろう?でも、犬を飼っている人は、愛犬との時間が限られていることを認識している。

犬のバカさ=強さ。

私達人間は、食物連鎖の頂点にいる。体力的には他の動物達に劣る。でも、我々の先祖は、仲間や家族がトラやクマに捕食されながら「考えて」「考えて」捕食されないように工夫して生きのびてきた。
「考える」ことを自分や家族を守るメカニズムとして。
現在、トラやクマに捕食されることはほとんどない。でも、私達の「考える」は止まらない。私達は、「考える」から飛行機が飛ぶし、名作映画が生まれる。ただ、「考える」が暴走すると自分を苦しめることにも。犬のバカさに学ぶこともある。

犬にも「思いやり」の心がある?!

少しでも相手の気持ちを思いやる心があれば、多くの人間関係が上手くいくのではないだろうか?犬とネコ。種族の違いだって「思いやり」で乗り越えられる?

犬に飼主を愛する義務はない

私が犬を飼っているのは、私の一方的な選択だ。よって、私達飼主には犬を幸せにする責任がある。過ごしやすい寝床を準備したり、社会化の為の手伝い(しつけ)をすることがそれにあたると思う。しかし、これらの見返りを期待してはならない。その結果、自分の犬から少しでも愛情をもらえたら儲けものだと思う。

「大型犬はおっとりした性格」の先入観

「大型犬は元々物静かで、小型犬は気性の激しい子が多い」 って耳にしませんか? 他には、 「大型犬はフレンドリーだし、元来おっとりした性格だからしつけが楽だよね。」 ちょっと待ってください! そんな風に大型犬と小型犬を区別…

今日が愛犬と過ごす最後の日と思って生きる

愛犬のことは大切だけど、いつの間にか散歩に行けることが当たり前になってしまう。仕事帰りに尻尾を振って出迎えてくれることが当然になってしまう。残りの時間を計算すると当たり前とは思えなくなるほど限られていることに気付く。恐ろしいけど計算してみた。

犬とチューバッカ

犬とヒトの関係。別々の種族としてここまで深い関係にある種族は他にないのでは?あっ、1つありました。スターウォーズのハン・ソロとチューバッカ(ウーキー族)。ヒトと犬、そしてハン・ソロとチューバッカの関係。どんな共通点があるのだろうか?