コロナ前とコロナ後。変わるものと変わらないもの。

コロナ前とコロナ後。変わるものと変わらないもの。2020年年始、今年はどんな年にしよう?と考えていた時、誰が今の事態を想像しただろうか?私達の生活はガラッと変わってしまった。どの様に外出するか、人との関わり方、休暇の過ごし方まで。そんな中、変わらないものもある。それは、大切な人への気持ちそして、守りたい存在があるということ・・・

犬の体型。飼主の体型。

犬の体型と飼主の体型って段々と似てくる。
犬の活発さ、または運動嫌いが原因で飼主の体型に影響を及ぼしたのか?(犬が原因)もしくは、飼主の元々の生活習慣の傾向により犬の体型が影響をうけたのか?(飼主が原因)

犬は「死」を理解するのか?

犬の遺体と家に帰った時、チリ(残された犬)は状況を上手く呑み込めていない様子だった。数時間前まで一緒に生活していた犬は毛布に包まれたまま動かない。でもチリはいつもの様に近寄って確認を始めた。

「悲しみを乗り越える」とは?

ライが死んで一週間が過ぎた。お骨や友達が送ってくれた花が目に入るたびに、ライのことを思い出す。彼の横顔に自分の頬っぺたを付けた時の肌の感覚、匂いを思い出す。以前に比べて、涙がダムが決壊するように溢れ出すことは少なくなってきた。彼のことを忘れてしまったのではない。ライのことは日に何度も思い出す。

「ライ、安らかに眠れ」R.I.P.

先日、ライ(ドーベルマン)が逝った。8歳と8か月だった。いつものように奥さんと、チリ(ローデシアンリッジバックの2歳)と、私で朝の運動をしていた。それは、トータル2分間ほどの一瞬の出来事だった。(中略)
奥さんがライの口へ人工呼吸、私が心臓をマッサージ。全く反応がない。奥さんも私も半分泣きながら大声で「ライ!」と呼ぶが反応無し。無情にもライの目の色が徐々に薄くなっていくように見えた。まるで、魂が抜けていくよに・・・。

犬が「日光浴の大切さ」を教えてくれる

世間で言われる「豊かな生活」をする為に朝から晩まで会社で仕事をするのは避けられない。しかし、体に必要なものを取り入れることを忘れてしまい足元から自らの健康が崩れて行ってることに気が付かない。これじゃサステイナブルじゃない。犬やねこを観察していると、「彼らは私達以上にそれを理解しているのでは?」と思う。一見人間がこの世で最も知能の高い、食物連鎖の頂点に立つ動物だと思いきや、「本当にそうか?」と時々思う事がある。

犬は私達のそばにいてくれる

過去に私達の先祖は何度も感染症の猛威にさらされて(例:ペスト、スペイン風邪、鳥インフルエンザなど)そして戦ってきた。今回も、私達に何が起ころうとも、犬はいつも私達人間のそばで一緒に戦ってくれるはずだ。

新コロナによる不自由さの先に

前代未聞の事態だ。皆が不自由さを感じている。しかし、今私達が頭の隅に置いておくべきことは、人間が享受している便利さや安全は不自由さの中から生まれたということではないだろうか。

コロナに負けないために

こんなコロナ騒ぎな時こそ大切な事がある。ある人曰く、「自分がコントロールできないことを心配しても意味がない。自分に出来ることを考えて猛烈に行動するだけだ」ウィルスに負けない体を作るには、睡眠、運動、食事、家族(犬)とのふれあい。こんな時だからこそ大切な事は何かを問う。そして、猛烈に行動する。当たり前すぎて笑われるかもしれないけど、いつ来るか分からないもっと最悪な事態に備えるためにはコレだと思う。

犬と私。残された時間の使い方。

時間が流れるスピードは犬も私達も同じ。同じスピードで流れる時間をどの様に使うかは個々それぞれ。人って不思議で「時間に限りがあると分かって初めて時間を大切に使おうとする」犬は自分に残された時間がどれぐらいかなんて考えるのか?私達はどうだろう?でも、犬を飼っている人は、愛犬との時間が限られていることを認識している。