犬と私。残された時間の使い方。

時間が流れるスピードは犬も私達も同じ。同じスピードで流れる時間をどの様に使うかは個々それぞれ。人って不思議で「時間に限りがあると分かって初めて時間を大切に使おうとする」犬は自分に残された時間がどれぐらいかなんて考えるのか?私達はどうだろう?でも、犬を飼っている人は、愛犬との時間が限られていることを認識している。

犬にも「思いやり」の心がある?!

少しでも相手の気持ちを思いやる心があれば、多くの人間関係が上手くいくのではないだろうか?犬とネコ。種族の違いだって「思いやり」で乗り越えられる?

犬に飼主を愛する義務はない

私が犬を飼っているのは、私の一方的な選択だ。よって、私達飼主には犬を幸せにする責任がある。過ごしやすい寝床を準備したり、社会化の為の手伝い(しつけ)をすることがそれにあたると思う。しかし、これらの見返りを期待してはならない。その結果、自分の犬から少しでも愛情をもらえたら儲けものだと思う。

「大型犬はおっとりした性格」の先入観

「大型犬は元々物静かで、小型犬は気性の激しい子が多い」 って耳にしませんか? 他には、 「大型犬はフレンドリーだし、元来おっとりした性格だからしつけが楽だよね。」 ちょっと待ってください! そんな風に大型犬と小型犬を区別…

「ペットロス」から抜け出す

「ペットはもう飼わない」と言う友達。理由は「死んでしまう悲しみはもう二度と経験したくないから」と。
とてもよく理解できる。沢山の楽しい思い出があるにも関わず、「別れ」がくると、まるですべての思い出が吹っ飛んでしまうかのよう。大切な思い出の整理の仕方を考えてみた。

路上喫煙と犬の散歩マナー

いつも散歩する公園で、女性に思いっきり避けられた。まるで不潔なものから逃げるように歩道からはみ出して私と犬達を避けた。

「何かこの女性に迷惑を掛けたことがあるのだろうか?」と本気で考えてしまった。

たばこを吸う人と吸わない人に喫煙マナーに対する理解のギャップがあるように、犬の散歩マナーにも埋まらないギャップがあるのだろうか。

犬に襲われた時の深い「無力感」

減少傾向にあるとはいえ犬による咬傷事故は無くなっていない。今回は未遂だったけど最悪のケースを想像すると恐怖と怒りが込み上げる。被害者になっても加害者になっても不幸だ。私達飼主は日ごろのしつけとルール遵守を心掛けたい。

愛犬より先に逝く罪

「愛犬との別れ」は犬を飼うというプロセスの中でで必ず発生するイベント。ましてや「いつ、そしてどこで発生させよう!」なんてコントロールできない。ただ、どうしても1つ避けたいことがある。それは、
「犬より先に逝く」こと。

「ドーベルマンが脱走」の過剰反応。

山梨でドーベルマンが脱走したらしい。ドーベルマン以外の大型犬が脱走したらあそこまで警戒するのか?なぜこんなに悪名高い犬種になってしまったのだろうか?実は、幾つか思い当たるところがある・・・。

家から犬が居なくなったら・・・

犬の存在感の大きさは犬が居なくなって初めて分かる。犬が居ないと家の中が大きく変化する。家の大切な部品が欠けているような感じさえする。犬が居る生活って何だろう?犬が居ない時に考えてみた。