犬は飼主を選べない。

いつまで犬を飼えるかの判断は、人間側の責任である。日頃客観的に自分を観察して、自分があるステージに達したら自制する決断も必要である。

犬と分かり合えた瞬間の幸福感

犬の要求していることがズバリわかって、それに回答する。その解答を犬が理解した時の感じもまた同じようなもの。この気持ち良さっていうのは、犬を飼うことの醍醐味の1つ。

ドッグフードの備蓄してますか?

「おいおい!ウクライナの戦争と犬は全く関係ないじゃないか!」という声が聞こえてきそうだ。実は非常に関係してくると思っている。ただでさえパンデミックで物流が停滞し、モノが以前のスピードで手に入らなくなっている。加えて、様々なモノの値段が上がっている。ガソリン、電気代、そして食べ物。そこに、今回の戦争がさらに物流を混乱させることは起こりうる事だと思う。

もし電気が止まったら・・・

「ブチッ、しーん(静寂)・・・」いきなり、日本中の電気が止まったらどうなってしまうのだろう?エアコンが部屋を冷やさない/温めない。冷蔵庫内の食べ物は腐り、インターネットやテレビから情報を得ることはできない。電子マネーでモノが買えない。もしこれが計画停電ではなく、復旧までにどれぐらい時間がかかるのかわからない停電だったらあなたはどうやって家族や犬を守る? 

抜糸までのガマン!なのだけど・・・

エリザベスカラーって犬に、そして飼主にとってもストレスだ。犬は、単純な移動さえままならない。カラーが壁や家具にぶつかってガタガタ音はするし、モノが壊れたりもする。(大型犬だと破壊力アップ)そして、なんといっても飼主にとっては、不自由な犬をみるのがつらい。

犬のしつけで大切なことは1つだけだと思う

しつけのベースにはこれが必要だし、逆にこれが無いと、「飼主のコマンド<他人からのおやつ」(他人からのおやつの前では、飼主のコマンドが全く意味をなさない状態)は抜け出せない。

犬に感謝すること

なぜ毎朝起きて散歩に行くのか? 晴の日もそうでない日も。犬を飼う者の責任としてだろうか?少なくとも、犬を飼い始めたころは、「十分な運動をさせないと」という責任感みたいなものはあった。でも、今は少し違ってきている。いつからか忘れたけど、犬と為というより自分の為にやっている。体が要求している感覚さえある。(中略)東に上がる太陽の光が私の目の中に飛び込んでくる。眼球は脳とつながっていて、眼球で受けた太陽光はシグナルとして脳に送られる。脳は、このシグナルを受け「さあ、活動の為の準備を開始しよう」とスイッチを入る。(中略)こんな朝の貴重な体験ができるかどうかの分かれ目は、朝起きて散歩に出るか出ないかの選択にかかっている。そのまま、ダラダラと寝ていることだってできる。でも、散歩する選択をする。その選択が習慣として私の生活に定着させてくれたのは紛れもなく犬である。
犬に感謝。

叱れる飼主

叱れる飼主ってのは、愛犬を守る為になすべき事が何かがわかっている人だと思う。