犬のために引越す④-「絶対的」なアレに惹かれて

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今年の夏は新居の掃除や引越しの準備で大忙しだ。

週1~2回は、片道2時間かけて(道が渋滞しているともっとかかる)現場で作業している。

ある日、奥さんから「疲れないの?どこにそのエネルギーがあるの?」と。僕は、「よくわからない。でも楽しいから・・・」と答えた。

手をかければその分結果がでる。窓を拭けば窓がきれいになり、外の風景がよく見えるようになる。太陽の光がより多く入る。(写真:窓からの風景)当たり前だけど、作業に比例して結果がでる。薪を割れば、割れた薪が薪棚に貯まっていく。どれぐらいの量があれば冬を越せる量なのかはわからない。でも、その量に近づいているのは確かだ。

サラリーマンの仕事とは違って、同じ仕事をして高く評価してくれる人もいれば、酷評されることもあるというわけではなく、自然が評価を下す。自然の評価に対して正しいとか厳し過ぎるとか文句を言う人間はいない。そもそも自然にそんなコメントは通用しない。このシンプルさが気持ちいい。

新たな作業も多く学んでいる。草刈り、薪割り、木材で工作、一輪車(ネコというらしい)の使い方、電動ノコギリの使い方など。わからないことはなんでもYou Tubeが教えてくれる。必要な道具は、アマゾンが届けてくれる。僕が考え付くようなことは半分ぐらいこの2つがあればどうにかなる。残りの半分は、自然が決める。薪を割る道具があっても堅い薪は割れないこともある。自然は妥協して自ら割れてくれたりしない。そうしたら新しい方法を考える。

奥さんにとっては、ただの苦痛な家の掃除や庭の草刈りだけど、僕にとっては苦労しながらも問題を解決していくゲームの中にいる気分だ。そして、僕の仕事の評価は誰でもない自然がしてくれる。

僕は、自然という絶対的な存在にどこかで惹かれているのだろう。

そして、ふと犬も同じような存在であると思った。

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