「犬のしつけ不必要論」について

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教育(しつけ)はなぜ必要なのか?どこかで読んだ話だけど、「教育は生き物を成熟させるものであり、これはグループの生存の為に必要である」と。

犬達を見てるとわかるけど、彼らは自然に教育している。例えば、2頭がじゃれ合って遊んでいる。まず、成犬がゴロンと腹をみせる。そしたら次の瞬間、仔犬もゴロンを腹をみせてマネしている。「腹をみせて(=敵意はないよ!)遊べばもっと楽しく遊べるよ。」これは、1つのテクニックで、「こうやって遊べば、もっと多くの犬と友達になれるよ」ってな感じ。

他方、「私は、犬に犬らしく生きて欲しいから。しつけには反対」。「犬が本来持っている力を発揮させてあげるには、飼主が手をいれるべきではない」という犬のしつけ不要論(勝手に作った言葉ですが)というのもある。

言っていることはとても理解できる。僕も犬の行動に制限をかけてしまうのは残念なことだと思う。しかし、僕たちは人間社会で犬を飼っている。犬が嫌いな人だっていっぱい知っている。自分の近所に住んでいる人にも犬が苦手な人がいる。人里離れた山奥で、犬を飼っているのなら別だけど、みんなが住んでいる社会のルールを守って生活していくのが、グループ全体が気持ちよく生存できる最適な方法だと思う。

それには、自分の犬にもより成熟した生き物になってもらう必要がある。生物としての成熟だけではなく、人間社会で生きている一頭の犬としての社会的に成熟してもらわなければならない。それには、しつけが不可欠だと思う。

それにより、犬を受け入れている社会(グループ)はみんながより気持ちよく暮らせるので、社会がより良く機能する。よって、高い確率で生存できる。てなことを考えていた。

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