なぜ犬を飼うのか?

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中学1年生になったばかりの頃、父親にどうしても犬が飼いたいとお願いした。自分が面倒を見るという条件付きで子犬の柴犬が家族に加わった。当時の英語の教科書は、トムとナンシーの英語の会話で学びが進んでいく。そのトムという名前をこの柴犬の名前にした。(確か教科書のトムは黒人の男の子だったと思う。どうでも良い話ですが)

あの時なぜ、犬が欲しくなったのか?それは、今考えても思い出せない。

トムが逝ってそろそろ20年経つ。今も犬は飼っている。では、なぜトム以降も犬を飼い続けているのだろうか?(ちなみに写真の犬はトムではない)今日現在の気持ちについて自分の心を探ってみた。

「かわいい」から。と言ってしまえばそれで終わってしまう。でも、心の奥で何かを犬に求めているような気がする。とても便利になった世の中。その引き換えに、失ったものもある。それは、自然なものが身近な生活から無くなったということ。ヒトによって加工されたものに囲まれて生活しているということだと思う。外に出れば、超高層ビルがあり、移動は地下鉄や車を乗り継ぎ、食べるものといえば、加工食品がほとんどで元の植物や動物の原型は跡形もなく、自分では把握できない数の添加物が入っている。

そんな中、犬はより自然に近い存在と言える。それは、加工品ではなく、心は生まれたままの純粋さを保ち、行動の予測が困難で(機械の様に、Aと入力したら必ずBと返すとは限らない)、私達人間が犬の行動をコントロールしようと思ってもできない(人間社会で生活しているので、コントロールがゼロでは困るが)。

この人工的なモノとは真逆のもの。すなわち、自然的(=予測不可能で不思議で危なっかしい)なものが、ヒトの心の無意識な部分と作用して、癒し、愛情、よろこび、信頼したい・されたいという感情を生みだしているのではないかと思う。そして、これは人口的なものからは生まれない感情である。加工物(人工的なもの)を自分の周りからすべて取り除くというのは、今の時代無理である。でも、少しでも自然世界と繋がっているもの(または、自然そのもの)を身近においておきたいと無意識に考えているのではないだろうか。

僕は、今日現在そんな理由で犬を飼っている。

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