犬糞を拾わない人、たばこをポイ捨てする人。3つの共通点。

昭和⇒平成⇒令和となった今日でも、居なくならないですよね。自分の飼い犬の糞を始末しない人とたばこのポイ捨てする人。見つけるたびに残念な気持ちになるし、どんな人間がどんな精神状態こんな事するのだろうか?と考えていたら3つほど共通点が見えてきた。

①バレなければ罪にならないと考える。特に人の少ない早朝や夜の散歩の場合、見ている人がいないことを確認すれば拾わなくてもバレることはない。私の住んでいる区は、いたるところに「路上喫煙禁止(条例)」の看板がある。その看板のかかってるガードレールの上に座って堂々と喫煙&ポイ捨て。自分はその喫煙スポットの前を毎日通るのだけれども、多くの人が通り過ぎるの待って排水口にポイっとやる。他人に迷惑をかける可能性があること、条例違反であるとの事実は認識している、でもバレなければ帳消しになると思っているのでしょう。

②自分さえ良ければと考える。例えば、自宅で犬が糞をした。必ず拾って床をしっかり掃除しますよね。なぜなら、においがするし、自分の家族には衛生的に過ごしてほしいから。喫煙だって同じ。においが室内に残るから自宅では禁煙。家族の健康に気をつけて、自宅では換気扇の前だけ喫煙OKみたいな人。自分は糞を踏みつけてしまうことはないし、家族には受動喫煙させない。ただ、他人へ迷惑や健康被害は顧みない。この世は自分中心に回っているという幻想をもっている。

③罪の感覚無し。習慣化している。もう10年以上前だけど、海外のある国の首都を歩いていた。そこには、犬の糞、たばこの吸い殻、空のビール瓶がそこら中転がっていた。昼間多くの人が通る道で犬が糞をしても当たり前にそのまま放置。周りの人が嫌な顔をするわけでもないんです。その時私は、「ココではこれが当たり前(習慣)なんだ」と思って納得してしまった。今でも信じ難い話だけど「国が違えば文化も違う」ということなのだろうか。

おわりに

正直言って、解決策はあるのか?と問われると答えに困る。各区市町村では、罰則を設けたりして対策をしているけど、最終的には各個人の「気持ち」や「教育」が大切だと思う。例えば、他人に迷惑をかけることで自分の気分が悪くなるという本来多くの人がもっている気持ち、そして自分が気をつけることでコミュニティー全体の公共衛生が改善し、より住みやすい町(コミュニティーの発展)になるという教育である。

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