愛犬を手放すという決断。

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どこの飼主がそんな事を望むだろう?

半年ぶりに、以前から知っている犬友に偶然会った。

実は、2年前に突然愛犬を手放した犬友だ。ウチの犬と同じ名前の犬だったのでよく覚えている。

手放した理由は聞いていないが、手放す前はよく自分の犬に対して不平不満をこぼしていた。例えば、

「無駄吠えがひどく、アパートの他の住人からクレームがある」(犬の飼育禁止のアパートで)

「人間の布団におしっこをされる」

「他の犬に対して、攻撃的」

あの頃公園で会うと、XXちゃんはノーリード。飼主はベンチに座って煙草を吸いながら他の飼主さんと雑談。

「あれでは犬の問題行動もうなずける」と思った記憶がある。飼主としても思い通りにならない犬の世話は大変だろうけど、犬としても決して幸せではなかっただろう。

そう考えるとXXちゃんを手放した理由は「もう飼いきれなくなって手放したのでは?」と勘ぐってしまう。

「なんて飼主だ!」という怒りはちょっと横に置いて、犬を手放すことの正当性って少しでも飼主にはあるのか?考えてみた。

飼主としても好きで飼い始めた犬を手放すのは悲しいだろう。ここには同情できる。特に手放す理由が、飼主の影響力の外側からきている場合だ。例えば「犬を飼い始めた後に飼主に重大な病気が発覚した。」や、「天変地異でどうしても一緒に暮らせない。」などは大いに飼主に同情できる。

しかし、今回のケースで推測されるのは、「しつけの失敗による飼主の生活環境の悪化」だ。原因を作ったのは飼主側にある。犬に落ち度は無いけども住みにくくなったので住みにくくなった原因である犬を取り除いた。もし本当に手放したくなかったら必死で犬の問題行動の原因を追究して改善のために行動しただろう。

上記の質問をもっと広い意味で考えると、飼主にそもそも犬を飼育する能力があったのか?になる。例えば70代のおばあちゃんが小型犬とはいえ、体力的に、経済的に、社会環境的に、精神的に、自身の生活環境の悪化させない程度に犬を飼育する能力があったのか?を問わなくてはならない。

100歩譲って問うたとしよう。しかしこれが判断ができるのは、たぶん本人じゃない(経験者を除いて)。似たような犬を飼っている、または飼ったことがあり、かつ同年代の人または、同年代のことを良く理解している人だろう。2つをクリアし適切なアドバイスができる人は70代のおばあちゃんのまわりにはあまりいなかったのでは?アドバイスしてもおばちゃんが受け入れない可能性もある。

これらを踏まえると、飼主の影響下にない出来事が起こった場合を除いて犬を手放す正当性は低いのだけれども、本人(おばあちゃん)が正しい判断ができたかよりも周りがアドバイスしてあげる環境が無かったのか?と思う。

残念ながら、日本の法律では犬は「物」扱い。法的には、犬を放棄してもなんのお咎めもない。飼主はまた新しい犬を飼う事だってできる。

知り合いに手放された犬が里親のところに行く前に犬を預かっている方がいる。手放す理由を聞くと「新しい彼氏が犬嫌い」、「結婚したから」というのがあるそうだ。

運転免許のレベルまでとは言わない。日本でも犬を飼う前に犬を飼育する能力が身体的、経済的、社会環境的、精神的にあるかどうかの判断が必要ではないだろうか?

飼主と別れたXXちゃんが幸せに暮らしているのを望むばかりだ。

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